沿革

創業者

創業者:吉田吉次郎

 明治22年、初代吉田吉次郎が高崎市において創業。手作業による紙加工製品の製造を始めとした活版印刷を興した。
 設備に関しても当時としては最先端の機械を導入し、活版印刷機をはじめ、製本設備、手動活字鋳込等、当時の東京築地活版との取引やドイツ製断裁機は横浜のレイボルト商館との取引の記録が残されている。

二代目

二代目:吉田吉次郎

 昭和期、二代目吉田吉次郎の時代には戦前の大不況の最中、昭和7年に現在地に約2,000坪の土地を購入し、工場、倉庫約400坪の新工場を建設。総額経費は、当時で3万円と言われている。その後、活版印刷を中心に官公庁印刷物、諸出版物、紙加工品等に業務は繁忙を極めていく。
 社員数も120余名を抱え、戦前においては企業統合にも生き残り、地域の需要に対応して活況を呈していた。

印刷現場

活版印刷工場

オフセット輪転印刷機導入

 昭和36年、吉田吉太郎が社長に就任し、活版印刷から平版印刷へと転換を図る。同時に商業美術印刷の発達に対応しデザイン、企画力を備えた印刷会社を目指した。昭和47年頃から商業印刷物の需要増を見込み、広告チラシ印刷の専業化へと経営戦略を捉え、今日の基盤作りを行った。昭和52年にはオフセット輪転印刷機を導入し、高速輪転印刷へと突入していった。
 昭和60年代にはデジタル化時代を予測し、デザイン、製版等のソフト面にマッキントッシュを導入。また、DTPシステムもいち早く取り入れ、一連生産システムを確立しスピーディかつ高品質な製品提供を実現している。同時に営業エリアも県内、北関東をはじめ新潟、中京地域へと拡大。流通広告印刷の精鋭として積極的な提案による顧客満足度100%の企業を目指している。
 さらに、平成14年には顧客満足度の更なる向上、及び製品の高品質化、信頼性、安全性の向上を目的にISO9001の認証取得を実現した。
 平成17年三代目社長吉田吉太郎の会長就任に伴い、取締役専務吉田武郎が四代目新社長に就任。

 
創業127年の歴史と
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精真社の歴史

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